2024 一時帰国:食い倒れの旅(17)

December 24, 2024
7日目:函館:湯倉神社→市立函館博物館
7:00am: 朝から会議
とりあえず早起きして(というか時差ぼけ)、露天風呂を堪能。朝は、お湯の温度も少し下がっているので長湯を楽しむことができた。
ポカポカしていい気持ちだったのだが、実は朝から会議が入っていた。仕事で急用が入り、朝から電話会議を30分組んでいた。旦那を待たしているので、申し訳ないのだが、30分もオーバーする事態に。
どうしてもこの仕事をしていると、急用やトラブルが発生するタイミングというのがあるのだが、本当は、休み前に終わっているはずだったのだが、やはり起こってしまった。私がコントロールできることではないので、どうしようもない。米国は休みに入っているが、日本はまだ仕事が続いているというタイミングというのも最悪。
1時間の電話会議、次のアクションを確認して、チェックアウトへ。
荷物は預けないで、ホテルから少し距離があるためタクシーが必要な湯倉神社へ。
8:30am:湯倉神社
湯倉神社(ゆくらじんじゃ)は、北海道函館市湯川町にある神社で、湯の川温泉の守護神として親しまれている。



無理して立ち寄る必要もなかったのだが、新撰組と箱館戦争のゆかりでもあるとのことで時間があったので立ち寄った。
- 箱館戦争と新選組:1868年の戊辰戦争末期、榎本武揚率いる旧幕府軍が箱館に拠点を移し、五稜郭を本拠地とした「箱館政権」を樹立。この戦争に新選組の土方歳三らも加わっており、湯の川周辺でも戦闘や軍の動きがあったとされます。
- 湯の川温泉での療養:一部の資料や伝承によれば、新選組の隊士が戦傷の治療や疲労回復のために湯の川温泉(湯倉神社の近く)を訪れたという話もあり、間接的に神社周辺と接点があった可能性がある。

石段を雪道の中のぼるのは怖いのだが、スーツケースを持って登った(笑)
お参りをする。

撫でるとご利益
があるというなでうさぎ。

「神兎(なでうさぎ)」の由来
この神社では「大己貴命(おおなむちのみこと)」、別名「大国主命(おおくにぬしのみこと)」が祀られており、病気平癒・安産・家庭円満・開運厄除などにご利益があるとされています。
神話によれば、大己貴命は「因幡の白うさぎ」を助けたことから、うさぎは神の使いとされています。このため、神社に設置された「なでうさぎ」は、体の悪い部分を撫でるとその箇所が良くなる、という信仰が広まっています。
参拝者は、自らの健康や願い事を祈念しながら、うさぎ像を撫でて神様の加護を願う習わしとなっています。


一面が雪で、朝も早くて誰もいなかったが気持ちがよかった。
ここからタクシーを捕まえるのがめちゃくちゃ大変だったが、とりあえずタクシーを呼び、市立函館博物館へ。
9:20am:市立函館博物館
タクシーがなかなか捕まらなかったがなんとか市立函館博物館に到着。
タクシーに手袋を忘れてしまうという失態をやらかした。
旦那は結構博物館が好きなのだけど、私たちの旅程がいつもキツキツでスキップすることも多いのだが、やはり旅先の博物館に立ち寄ると、そこの土地の歴史や文化を知ることができるので、アメリカでも日本でも、それ以外でもできるだけ博物館には立ち寄ることにしている。
市立函館博物館は、北海道函館市青柳町の函館公園内に位置する公立博物館であり、1966年に開館した。前身は1879年設立の「開拓使函館仮博物場」で、日本最古級の博物館の系譜を持つ。
本館では、自然史、考古、歴史、民俗、美術工芸に関する約80万点の資料を所蔵・展示しており、志海苔遺跡出土の古銭やアイヌ文化、箱館戦争関連資料などが特に貴重である。
分館として、明治期の商家を再現した「市立函館博物館郷土資料館」も運営されており、近代函館の生活様式や商業文化を学ぶことができる。
常設展に加え、企画展や特別展も定期的に開催されており、地域の教育・観光資源として重要な役割を果たしている。
所在地は函館市青柳町17-1、入館料は一般100円と手頃で、市民向けの無料開放日も設けられている。
タクシーが止まったところが正門なのかどうかわからないところで、建物の裏側から進むことになった。
まずはマンホール。


これが明治時代のマンホールとのこと。
次がハーバー避難記念碑。


この碑は、明治7年(1874年)8月11日に発生した、ドイツの代弁領事ルードヴィッヒ・ハーバーが旧秋田藩士の田崎秀親により斬殺された事件を記念して建立された。事件当時、ハーバーは函館に着任して間もない31歳の青年であり、散策中に襲撃された。犯人の田崎は、外国人排斥の思想を持ち、外国人殺害を目的として函館に来訪していた。事件後、田崎は自首し、同年9月26日に斬首刑に処された。この事件は、単独犯によるものであり、ドイツ公使館も適切な事後処理に理解を示したため、重大な外交問題には発展しなかった。
外国人排斥の思想は、明治維新の頃はたくさんあっただろうし、自分の地元でもそういう事件があった。妙国寺事件。2023年の年末に実家に帰ったときに両親と一緒に訪れた妙国寺。フランス人と揉め、11人が妙国寺で処刑されたもの。
博物館の外にも、色々な展示があり、面白い。
そして、博物館に到着。
正直、営業しているのかどうか怪しいぐらい人もいなかったし、とにかく暖房が効いていないので、建物に入ってもコートは脱げず、めちゃくちゃ寒かった。
入場料を支払い、荷物をロッカーに預けて展示物をみはじめた。
とはいえ、館内は撮影禁止とあり、記録はない。
函館付近には実は世界遺産があり、それが「北海道・北東北の縄文遺跡群」とのこと。

函館市の関与:函館市内にある「垣ノ島遺跡」「大船遺跡」の2か所が、この縄文遺跡群の構成資産に含まれている。
時間があり、冬じゃなかったら訪れてみても良かったが、とにかく逆報告だったので、今回は諦めた。あと、個人的に、縄文時代には惹かれなかった。
戊辰戦争は函館からは切り離せない歴史で、どこに行ってもある。

小さい土方歳三がいたので、面白くてこそっと撮影した。


とにかく寒くて寒くて、急足で博物館の見学は終えた。
帰りはタクシーを呼んでもらったが寒すぎて震えていたら、待合室だけ暖房が効いているとのことでそこで待った。
入場料が安いのはいいのだが、ホスピテリティは低かった。
札幌に飛行機で向かう前に、朝市で朝食の時間をとっていたので、朝市にまた戻った。
続く